G.C FACTORY編集部

クリニックM&A

今更聞けない医療機関M&Aの基礎(法人譲渡編)

I.はじめに

近年医療機関においてM&Aを検討される方が増えていますが、そもそも、医療機関M&Aとはどのようなものなのでしょう。医療機関と株式会社のM&Aでは、異なる特徴があります。このコラムでは、これから医療機関のM&Aを検討されている方向けに、普段なかなか聞きづらい基本的な部分から株式会社M&Aとの違いなどを踏まえて、基礎の部分から分かりやすく解説します。また、今回は医療機関のM&Aの中でも「医療法人」に関して重点的に解説してまいります。

 

II.医療法人M&Aの重要用語

まず、医療法人M&Aの特有な重要用語に関して解説をします。

1.「社員」、「理事」、「監事」

(1)社員
医療法人の最高決定機関である社員総会を構成するのが「社員」です。紛らわしいですが、これは従業員や職員の意味ではありません。社員たる資格の得喪は定款で規定されますが、前提として、社員になられるのは自然人(いわゆるヒト)と非営利法人のみで、営利法人は社員になれません。
その員数は、各医療法人の定款で規定されますが、原則は3名以上です。また、最高決定機関を構成するという点では、株式会社でいう「株主」と同様ですが、株主とは異なる点としては、出資を有していなくとも資格を得ることができること、出資額に関係なく、社員一人につき一つの議決権(つまり社員総会は多数決で決議します)を持つことが挙げられます。
医療法人のM&Aにおいては、この社員の交代は実質の経営権の移動を意味しますので、とても重要です。

 

(2)理事
医療法人の各業務を執行する機関である理事会を構成する役員のことです。理事たる資格は自然人のみ得ることができます。一方で、非営利性という観点から、当該医療法人と取引関係にある営利法人の役員が就任することは、原則認められません。当該医療法人が開設する医療機関や施設の管理者は、理事に就任する必要があります。なお、理事長は原則として医師または歯科医師でなければなりません。その員数は、原則は理事長を含めて3名以上ですが、社員同様に各医療法人の定款を確認する必要があります。定款に記載されている人数より多い数のクリニックが存在すると定款変更の手続きにより定員数を変更する必要がありますので、注意が必要です。株式会社でこの理事に近しい立場の役職は「取締役」です。

 

(3)監事
理事と同様、医療法人に設置が義務付けられている役員です。監事たる資格は自然人のみ得ることができます。監事は、医療法人の業務や財産を監査する役職ですので、医療法人の理事・従業員を兼ねることはできません。また、適切な監査業務をする目的から、理事の親族、医療法人と取引関係・顧問関係にある個人や法人の従業員も監事に就任することはできません。うっかりしてしまいがちな例として、医療法人の顧問税理士が監事に就任できない点などは注意が必要です。その員数は、定款で規定されますが、原則1名以上です。株式会社での近い立場は「監査役」がそれにあたります。

 

2.出資持分とは?基金との違い
医療法人には、出資持分という概念があり、持分のある医療法人と、持分のない医療法人に分けられます。「持分あり」の医療法人とは、簡単にいうと、出資者の財産権が認められた医療法人のことです。
持分のある医療法人は平成19年4月1日以後設立できなくなり、それ以降は財産権の認められていない持分のない医療法人のみ設立されることになりました。出資持分がある場合は、出資者が社員であれば社員資格喪失時や医療法人の解散時に、また、出資者が社員でなければ医療法人の解散時に、その出資額の割合に従って払い戻しを受けることができます。加えて、持分のない医療法人には、基金制度を採用した医療法人という類型がありますが、この基金制度を採用した場合、基金の出資者は、持分ありのときと異なり、出資額の割合ではなく拠出額を限度として払い戻しを受けることができます。

 

 

参考:医療法人と株式会社の違い一覧

 

※1 取締役会設置会社の場合は3人以上
※2 公開会社ではない会社は、定款で定めることで10年まで伸長可能
※3 取締役会設置会社の場合は必要
※4 普通株式を前提

 

 

III.医療法人の譲渡契約書

次に、医療法人M&Aで用いる譲渡契約書に記載する内容を説明します。医療法人の譲渡は、出資持分の譲渡又は基金拠出者の地位の譲渡、すなわち出資持分譲渡契約又は基金譲渡契約を締結します。株式会社と異なり、出資持分や基金の譲渡だけでは実際の経営権まで譲渡されないので、付随してしっかりと経営権が移行するような契約書にすることが重要です。契約書の作成は弁護士に依頼することになりますが、各構成の意味は理解しておくことが重要です。

 

1.出資持分または基金譲渡
法人が、持分のある医療法人の場合は自らの持つ出資持分を、基金拠出型の医療法人の場合は基金拠出者の地位を買い手に譲渡する旨が記載されます。

 

2.日付
契約書に出てくる日付には、「契約日」「実行日」などがあります。「契約日」とは譲渡契約を締結する日のことで、「実行日」とはクロージング日などとも呼ばれ譲渡が完了する日のことを指す場合が多いです。
法人譲渡の場合、この二つの日付に1~2か月ほどズレが生じる場合も多いです。契約をしてから譲渡を実行する間に、後に述べる前提条件などを満たす必要があるからです。

 

3.譲渡対価
売り手と買い手の合意に基づいて、出資持分又は基金拠出の地位をいくらで譲渡するかが定められます。持分や基金の価値とこの譲渡価格によって、課税される税額が変わってきます。そのため、退職金や借入の引継ぎなど様々なスキームを検討、調整によって、譲渡対価が変わってきます。

 

4.前提条件
前提条件とは、譲渡の実行前に売り手又は買い手が行うべき義務のことを指します。前提条件を全て満たさない限り譲渡は実行されません。実際には、以下の例の様な事項が条件とされます。

◆貸借対照表が実行日において定められた状態になっていること。
◆医療法人の社員総会で譲渡の承認が得られていること。
◆継承される医療法人が金融機関から金銭を調達できること。
◆クリニックの不動産を継続して使用できること。

などが挙げられます。

 

5.表明保証
表明保証は、契約締結日やクロージング日において、契約または契約当事者に関する事実、法務や財務に関する事実等が真実かつ正確である旨を契約当事者が表明し、相手方に対して保証するものです。これに違反した場合、相手方は契約を解除することができたり、補償してもらえるなどの規定が設けられているのが通常です。
表明保証は、売り手だけでなく買い手も対象で、買い手が売り手に記載事項の保証をすることによって、譲渡対価を支払うだけではなく、譲渡後に適切な運営をすることを保証されるような内容にすることでとトラブルを未然に防げます。
以下は表明保証として書かれる事項の例です。

 

◆譲渡される医療法人は、医療法をはじめとする日本国の法律、規則その他の法令に準拠して定款を作成し、都道府県知事の許可を受けて設立され、その主たる事務所の所在地において設立の登記をすることにより成立し、かつ現在有効に存続する医療法人であり、診療所の経営に必要な全ての許認可及び届出等を取得又は履践していること。
◆譲渡される医療法人は譲渡契約に重大な悪影響を及ぼす、又は及ぼす可能性のある紛争が開始しておらず、開始されるおそれがなく、その他の原因による債務がないこと。
◆譲渡される医療法人が、財務、法務、労務及び個人情報に関わる書類は責任をもって保管又は破棄されていること。
◆譲渡される医療法人は、厚生労働省又は都道府県知事をはじめとするいかなる行政機関からも報告徴収、立入検査、改善命令、業務の全部又は一部停止命令、役員解任勧告その他のいかなる命令・処分も受けるおそれはないこと。
◆譲渡される医療法人は、診療所の経営に必要な行政の許認可及び届出等を取得又は履践していること。
◆社員、理事及び監事のすべてが、売り手が別途指名する者の入社又は就任までに、契約に定める退社又は辞任を了承していること。買い手が、譲渡契約の締結、履行並びに譲渡の実行のために必要な手続きをするための権能及び権限を有していること。

などが挙げられます。

 

6.実行後の義務
実行後の義務では、クロージング後の双方の義務について記載がされます。主に行政手続きについてや、譲渡後に売り手が負担すべき請求書などが届いた際などの取り決めが記載されます。
例えば、以下の様な事項が記載されます。

 

◆譲渡の実行後に、対象医療法人において譲渡の実行前の事実を原因として紛争が発生し、又は公租公課の請求を受けた場合は、売り手側の費用と責任で対応すること。
◆譲渡の実行後に、対象医療法人において譲渡の実行前の事実を原因として行政機関との関係で対応が必要な事項が生じた場合には、売り手側の費用と責任で対応すること。

などが挙げられます。

 

7. 一般条項
一般条項とは、その契約書特有の重要事項ではなく、比較的どの契約にも記載されることの多い条項の総称を言います。以下の様な事項が多いです。

(1)反社会勢力の排除
反社会勢力との関係を持っていないことを、売り手買い手の双方が相手方に対して保証します。

(2)契約解除
相手方に契約に基づく義務の違反があった場合には、契約を解除できる旨が記載されます。

(3)補償
相手方に契約に基づく表明及び保証または義務の違反があった場合には、これらの違反に起因して発生した損害を補償請求できる旨が記載されます。

(4)秘密保持契約
契約日から一定期間、契約に関する事実や、契約の過程で知り得た相手方の情報を、相手方の許可なしに第三者に開示することを禁止する旨が記載されます。

(5)準拠法及び専属的合意管轄
契約が日本法を準拠法とし、これに従って解釈される旨が記載されます。また、契約に関わる全ての紛争について、どの裁判所で行うかが決められます。

(6)譲渡禁止
事前の承諾を得ない限り、契約の地位又は権利義務について、第三者に譲渡等一切の処分をしてはならないことが記載されます。

(7)誠実協議
契約に規定のない事項や疑義、紛争が生じた場合には、双方誠意をもって協議し、解決を図る旨が記載されます。

(8)費用負担
契約書の作成に関する印紙税等の費用の負担割合等が記載されます。

(9)通知
契約に関してなされる書面による通知が、どこの住所に郵送されるかが記載されます。

(10)契約の修正又は変更
契約の既定の修正又は変更は、双方の合意がなければ効力が生じないとする旨が記載されます。

 

 

IV.医療法人M&Aに必要な行政手続き

医療法人のM&Aでは、株式会社とは異なる行政手続きを行う必要があります。ここでは医療法人M&Aに特有な行政手続きについて説明します。

 

1.定款変更
医療法人が定款変更をするときは、株式会社と異なり、各都道府県知事の認可が必要になります。この認可手続きの期間は、都道府県や変更内容にもよりますが、必要書類の提出からおよそ2~3ヶ月かかります。
医療法人M&Aの場合で、定款変更が必要になるケースとしては、役員定数、決算時期、診療所名称、法人名称、本店所在地などの変更のパターンが多いです。どういった項目が定款記載事項であり、M&Aを検討している医療法人の定款がどのように記載がされているかは、確認をしておく必要があります。ちなみによくある誤解として、役員の変更や診療科目、診療時間の変更については定款変更が不要です。

 

2.役員変更
役員変更は、各都道府県への届出事項(認可が必要なわけではない)です。役員の変更が生じた際には、各都道府県知事宛に役員就任承諾書、履歴書、印鑑証明書を役員変更届とともに定められた期限内に提出します。
手続きが必要になるのは、役員(理事長・理事・監事)の交代であり、社員の交代に関しては手続きが不要です(必要書類や決まりは自治体によって多少異なります)。

 

3.登記
登記簿謄本への記載事項に変更が生じた場合は、法務局へ登記をします。例えば、本店所在地、理事長、資産総額の変更は登記が必要です。留意点として、理事長以外の役員の交代は登記手続きの必要はありません。
定款変更は業として行政書士に頼むことが多いですが、登記は司法書士へ依頼をして、期間はおよそ1週間から10日ほどかかります。

 

4.保健所
法人譲渡の場合はクリニックが継続されるケースが多く、保健所への届け出が必要無いこともありますが、例えば、M&Aをきっかけに、診療科目、診療時間、理事長、クリニックの院長などを変更する場合は届け出が必要になります。

 

5.厚生局
厚生局は保険診療を担い、厚生労働省の下部機関として各都道府県や政令指定都市単位で設置されている行政機関です。医療法人譲渡の場合は、厚生局での手続きはほとんど発生しませんが、院長や理事長を変更する場合は、厚生局でも手続きが必要になります。

 

行政手続きに関してより詳しく知りたい方は、当社ホームページに別コラムで記載がありますので、併せてご覧ください。
▶▶▶サイトはこちら

 

 

V.DDについて

1. DDとは、
事業譲渡の場合と異なり、法人のM&Aの場合、売却側の持つ債務や係争案件なども含めて引き継ぐことになるので、買収先の経営状況などを確認することが重要となります。一方で、一般的にM&A仲介会社は、仲介という立場上、買収監査までは支援しないことが一般的ですので、各種専門家に別途発注をする必要があります。
買収監査はDDとも呼ばれます。DDとは、Due Diligence(デュー・デリジェンス)の略称です。主に法務・税務・財務・ビジネス面で、買収先の経営環境や事業内容、財務状況などを調査することを指します。以下、それぞれについて詳しく説明します。

 

(1)法務面
買収先が締結した契約書や取引の事業に関する権利、法人運営などが、法務上問題がないかを調査します。
例えば、以下の事項を調査します。

◆各種契約書
◆訴訟、係争の有無
◆社員総会、理事会などの法人運営
◆定款や就業規則などの内部規則
◆コンプライアンス関連の問題

 

(2)税務・財務面
買収先の税務上の問題、リスクを継承しないように、税務上の内容を調査します。
例えば、以下の事項を調査します。

◆過去の法人税、法人住民税、法人事業税の申告
◆繰越欠損額の処理
◆退職金、役員報酬の処理
◆出資の状況
◆過去の調査(税務調査や関係当局による調査等)

 

(3)ビジネス面
買収先の経営状況を把握し、経営計画の実現可能性を裏付ける情報を収集するため、外部環境・内部環境などを分析し調査します。
例えば、以下の事項を調査します。

◆買収先に対する患者さんや周辺連携先からの評価
◆診療科目別、初診再診別の患者数
◆マーケティングの実施状況
◆施設基準、公費の算定状況

 

2. DDを実施しない場合の留意点
案件の規模や売り手との関係性によっては、あえてDDを行わない場合や、調査内容を限定して行う場合もあります。その場合にも、ご自身で以下のような点は注意して進めることが望ましいです。

(1)譲渡時点でのBS(貸借対照表)の合意
BSは、バランスシートの略称で、貸借対照表ともいいます。これは、企業や法人のある一定時点の状態を表す財務諸表の一つで、買収側は、ここから対象医療法人の資産や負債、純資産などを把握します。
M&Aを進めるとき、譲渡の交渉から実際に譲渡が行われるまで、何ヵ月間もかかることがあります。交渉を始めたときと、実際に譲渡が行われるときと、対象医療法人のBS
の金額は同じではありません。例えば、資産が交渉に時間を要している間に減ってしまうこともあり得ます。要因としては、減価償却で、クリニックの内装や機器の価値が下がっていくケースや、直前になってスタッフに多額の退職金が支払われるケース、中には悪意のある売却側が、直前になって、利害関係のある親族の株式会社に大量に商品を発注し、クリニックの資産を減らしてしまうケースも考えられます。
事業譲渡の場合であれば、譲渡される資産の価値の推移だけ把握すれば良いですが、法人譲渡の場合は、医療法人の価値や中身など多岐にわたるため、予測が困難です。そのため、売却時点のBSの状態について、合意をしておく必要があります。

 

(2)過去の社員総会議事録の確認
社員総会では、社員の議決により、医療法人の運営に関わる重要な事項が決定されます。そして、社員総会議事録は社員総会の議事において作成が必要です。
社員総会議事録では、過去に買収先の医療法人がしっかりと運営をされていたのか、どういう方法で重要な事項を決議してきたのかなどを見ることができます。現在の社員や理事がしっかりと就任しているかなどもここで確認をしておくと安心です。

 

(3)過去の行政手続きの確認
過去に行政手続きを適切に行っていなければ、譲渡後の運営に支障をきたすことがあります。
例えば、年に一度の決算後の事業報告、また、二年に一度の役員の任期が切れるときに退任もしくは重任の手続きをしていないと、定款変更などの新たな手続きをする際の妨げになります。また、過去に定款変更をしようとしたもので認可が下りていないものがある場合も同じく、しっかりと取下げ願いを出しておかなければ次の定款変更を出すことができません。

 

 

Ⅵ.終わりに

本記事では、医療機関M&Aについて、株式会社との違いなどを踏まえて、その基本的知識をまとめてまいりました。記載した内容などもご参考いただきつつ、ご不明な点がございましたら弊社にお気軽にお問い合わせください。

 

 

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また、当社ホームページには、M&Aや医療機関に馴染みのない方へ向けて、弊社コンサルタントが重要用語の解説を行なっているページもございますので、ぜひご活用ください。
▶▶▶ 用語集

 

 

執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)

(株)G.C FACTORY 代表取締役

 

経歴:

国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。

 

実績・経験:

・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験

・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任

・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任