G.C FACTORY編集部

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訪問診療とM&A|買い手・売り手のニーズやメリット、注意点

目次

医療業界のM&Aでは、「訪問診療をしているクリニックを承継したい」というニーズを多くいただきます。
買い手は、メリットや注意点をしっかり理解することがM&Aの成功につながります。
売り手は、訪問診療を行っている強みを上手に伝えることで、希望するM&Aを叶えやすくなります。
そこで、訪問診療をしているクリニックのM&Aについて、ニーズやメリット、注意点を買い手・売り手の目線で解説させて頂きますので、ぜひ参考にしてください。

 

 

Ⅰ.訪問診療はこれからの医療機関の大きなテーマ

日本財団の調査によると、最期を迎えたい場所を「自宅」と回答した人は58.8%、「医療施設」と回答した人は33.9%で、自宅を希望する方が大きく上回るという結果でした。それに対して、厚生労働省の調査によると、実際の死亡場所が「自宅」という人は13.7%、「医療施設」という人は73.7%であり、理想と現実に大きなかい離があることがわかります。

 

このような実態を前に、国は地域包括ケアシステムの推進を急いでいます。2025年には、団塊の世代が後期高齢者になることからも、在宅医療のニーズはますます増えていくと予想されます。在宅医療※が導入された初期と比較すれば要件が厳格化された面はあるものの、国の意向を反映し、在宅医療にかかわる診療報酬点数は高めに設定されています。

 

在宅医療の1つである訪問診療は、今後のクリニックの経営にとって、重要なテーマとなることは間違いないでしょう。

 

(出典:日本財団「人生の最期の迎え方に関する全国調査結果(2021年)」厚生労働省「厚生統計要覧(令和元年度)第1編人口・世帯」)

 

※在宅医療・・・訪問診療、往診などの総称。

訪問診療 :患者宅に計画的、定期的に訪問し、診療を行うもの

往診 :患者の要請に応じ、都度、患者宅を訪問し、診療を行うもの

(参考:厚生労働省提示資料 平成29年1月11日「在宅医療(その1)」)

 

 

Ⅱ.訪問診療をしているクリニックのM&Aニーズ

「訪問診療をしているクリニックを承継したい」「現在、訪問診療をしている。買い手は現れるだろうか?」このように考えておられる方も多いと思います。そこで、訪問診療をしているクリニックのM&Aに関して、買い手・売り手それぞれのニーズをご紹介します。

 

買い手は売り手のニーズを理解し、売り手は買い手のニーズを理解することで、候補先を絞ることや、スムーズに交渉を進めることができます。お互いのニーズを理解するための参考にしてください。

 

・買い手のニーズ

まずは、買い手側のニーズについてです。

 

1つ目は、患者さんの継承です。

一昔前とは違い、今はクリニックの数も増え、競争が激化しています。地域によっては、患者数が増えて経営が成り立つまでに時間がかかるということも多々あります。特に訪問診療の場合は外来と異なり、WEBマーケティングなどを活用して短期間で患者さんを増やすということは難しいです。1か月で3~4人しか管理患者数が増えないというケースも都内の激戦区では起き得ます。そのため、一から開業するのではなく、既存のクリニックの譲受により患者さんの引継ぎを希望するケースも増えてきています。

 

2つ目は、人脈やノウハウの継承です。

これまでに訪問診療を実施した経験がない医師ですと、人脈やノウハウの獲得を目的としているケースもあります。訪問診療はケアマネージャーや施設との関係構築や、訪問ルート作成、各種契約や説明文書のひな型作成など、独特のノウハウがあります。また、体制や実績に応じて算定できる施設基準においても売り手や既存の連携先などの人脈を活用することにより、一から自身で開業するよりも高収益を実現することが可能です。

 

・売り手のニーズ

続いて、売り手のニーズについてご説明します。

 

1つ目は、売却による引退です。

院長の高齢化と後継者不足による譲渡です。訪問診療に限らず、多くの医療機関がM&Aを選択する理由でもあります。最近では、「家業を継ぐ」という考え方が薄れつつあり、子が医師であっても事業承継を希望しないケースも増えてきました。このような場合、第三者M&Aを選択することによって、患者さんのために地域医療を守り、スタッフの雇用を維持することができます。特に、外来で通うことができる患者さんを他院に紹介するのと異なり、外に出られない患者さんに訪問する訪問診療の場合は、簡単に廃止に伴い他院に紹介すると言っても簡単ではありません。

 

2つ目は、負担軽減を考えるケースです。

訪問診療は、24時間365日の対応が求められ、医師の業務量の調整が難しくなりがちです。外来診療で患者さんと向き合い、お昼休みには訪問診療、夜間には往診、帰宅後は経営者としての業務、というように業務の負担が重くなりすぎて、キャパシティを超えてしまうこともありますし、院長自身が高齢化していく中で、以前のような働き方ができなくなってきます。その為、「経営や夜間は第三者に任せて、自分は一勤務医として医療に専念したい」と考える医師もいます。

このケースでは、売り手の院長はまだ医師として診療自体は続けますので、比較的時間をかけて人脈やノウハウの継承も行えます。

 

 

Ⅲ.訪問診療をしているクリニックを承継するメリット

 

訪問診療をしているクリニックを承継するメリットとして2つ紹介します。買い手のメリットは、売り手にとってはアピールポイントにもなります。M&Aの成功の秘訣は売り手・買い手が双方の立場に立って交渉を進めることなので、どちらの立場であってもメリットをしっかり理解しておきましょう。

 

・地域の患者との信頼関係

1つ目は、地域の患者さんとの信頼関係です。新患で訪問診療を行うケースもありますが、長くかかりつけ医として診療し、通院が困難になってから往診や訪問診療へと移行することが少なからずあります。そのため、「通院できないけれど、最期まで先生に診てもらいたい」という信頼関係の構築が大切です。

M&Aの場合、既存クリニックとして名称や場所はすでに地域の患者さんから認知されているケースが多いため、売り手の医師がしっかり患者さんやその患者さんのご家族等関係者に予め説明し、信頼のおける後任医師である旨の紹介や説明による十分な引継ぎを行うことによって、事業だけでなく患者さんとの信頼関係も引き継いでいくことができるのです。

 

・地域ネットワークとの連携

2つ目は、ケアマネージャーや訪問看護ステーション、ソーシャルワーカーとの関係性です。こちらも、一朝一夕で関係性を築き、連携できるわけではありません。長年の積み重ねによって、信頼を得て、患者さんを継続的に紹介していただけるようになるのです。

特に在宅医療を専門とする在宅療養支援診療所の場合、患者さんを紹介して頂く必要性は高まります。ケアマネージャーや訪問看護ステーション、ソーシャルワーカーと連携できている状態であることは、患者さんの紹介ルートがあるという点で買い手にとって大きなメリットとなるでしょう。

 

 

Ⅳ.訪問診療をしているクリニックのM&Aの注意点

最後に、訪問診療をしているクリニックのM&Aを実施する際に注意しておきたい点をお伝えします。

 

・患者・スタッフへの説明

1つ目は、患者さんやスタッフとの信頼関係を、売り手から買い手へと引き継ぐことです。これには、売り手・買い手双方の努力が欠かせません。地域密着の強みをM&A後も生かすために、患者さんやスタッフが不安にならないよう十分な説明を行いましょう。特に既に何かしらの契約書などを締結している場合は、事前に内容を把握しておく必要があります。

M&Aによって医師が変わる場合、売り手医師の外来診療に買い手医師が同席することや、訪問診療に同行します。売り手医師は、できるだけ買い手医師を立て、患者の信頼を買い手医師へと引き継ぐ努力をしましょう。買い手医師は、患者の売り手医師への信頼感と医師が変わることへの不安を真摯に受け止め、最初は一歩引いた態度で接することも大切です。

M&Aをきっかけにキーマンとなるスタッフが離職してしまい、クリニックの雰囲気が変わると、患者離れを起こすことがあります。事前にキーマンとなるスタッフの有無や今後についてしっかりと打ち合わせし、場合によっては面談なども実施しながら、スタッフが安心して働き続けられる環境に配慮しましょう。

また、M&Aに寄って、組織の体制や連携先が変わる場合、施設基準が変更となり、患者さんの負担金額が変わることもあります。1割負担の患者さんが多いとはいえ、金額が高く成る際にはしっかりと引継ぎが必要です。

 

・地域ネットワークとの連携

2つ目は、M&A後も変わらずケアマネージャーや訪問看護ステーション、ソーシャルワーカーと連携できるよう、しっかり引継ぎを行うことです。訪問診療のあと、患者さんの様子をメールやFAXで伝える医師もいます。このような取り組みをM&A後も継続することが、信頼関係の維持と患者紹介の継続へとつながります。

 

 

Ⅴ.まとめ

本稿では、訪問診療に関するM&Aに関してメリットや注意点についてまとめました。外来とは異なり、訪問診療に特有のノウハウや人脈があります。売り手、買い手双方が理解して、継承を進めることで、M&Aの効果を最大にすることができます。

 

 

執筆者:金子 隆一(かねこ りゅういち)

(株)G.C FACTORY 代表取締役

 

経歴:

国内大手製薬会社MR、医療系コンサルティングファーム「(株)メディヴァ」、「(株)メディカルノート」コンサルティング事業部責任者を経て、2020年4月、(株)G.CFACTORY設立、現在に至る。医療系M&A、新規開業支援、運営支援において実績多数。

 

実績・経験:

・開業支援(約50件)、医療機関M&A(約40件)、医療法人の事務長として運営を3年間経験

・複数の金融機関、上場企業におけるM&A業務顧問に就任

・大規模在宅支援診療所の業務運営の設計及び実行責任者を兼任